「タマか?」
ワカメがおもむろに問い掛けると、程なくして背の高い細身のスーツ姿の男がひとり、身を現した。
「いかにも、私ですが」
男は黒ぶちの眼鏡を中指で持ち上げ、いささか照れくさそうにしている。
ああ、くしゃみを聞かれたからか、とイクオはぼんやりと推察した。
「いつからそこにいた?」
「つい今しがたですが」
男はワカメの強い口調には動じず、飄々と答える。
「何か、聞かれるとまずい話でも?」
男は口元に冷笑を讃えてワカメを見据え、一方ワカメは男の真意をはかろうとしているようだ。
「ワカメちゃんワカメちゃん、水を差すようで悪いけど、誰?」
「タマだ。知らぬはずあるまい」
ワカメはさも当然のように言うが、イクオの表情は曇るばかりだ。
「あ、…なんか、あれなのかな?
僕、目が…ほら、悪いし…
もともと眼精疲労とかも結構あれだったし…」
話題が逸れた隙を見て、男はテーブルの角を隔てて右側に正座した。
「ところで貴方、私をご存知のようですね。
失礼ですが、お名前をお聞かせ願えますか」
イクオは男の問いかけには答えず固く目を閉じ、しばらく休ませたあと、勢いよく見開いた。
「どうされました?」
「はあー!ほら!やっぱ人間じゃん!!
もう…こっち見てんじゃねーよ!バーカ!
お前なんてただの眼鏡スーツ男子じゃねーか!なめんな!!」
やはり視界に映ったのは水槽の中のヤドカリと、猫の面影など微塵もない若い男だった。
「何か辛い出来事がおありになったのでしょうか…お察しします。
私でよければ、お聞きしますよ」
「喋んな!」
「イクオ、動物愛護団体」
ワカメが周囲を気にしながら小さく囁いた。
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