子供部屋で珍しく宿題をしていたカツオは、台所から漂ってくる香りに誘われて、
居間から様子を伺っていた。

「ふ…やはり予想通り、今日は鳥のから揚げか。」

今日は山川商事の給料日。しかも父さんが珍しく外回りから直帰してきた。
となれば、父さんの好物が、食卓を彩るのは、11歳のカツオにも理解できる。
今現在、父さんの為に、お風呂を沸かしている。
あと5分でちょうど良い湯加減になるはずだ。父さんは以外に長風呂である。
最低30分はかかるだろう。
となると、夕食を食べ始めるのは、今から約40分後という事になる。

「ちっ。」

カツオは舌打をした。せっかくの鳥のから揚げが、冷めてしまうではないか。
母さんの料理はなんでも美味しいが、鳥のから揚げはやはり揚げたてを食べたい。

「となると…摘み食いをするしかねぇな。」

姉さんは…と。姿が見当たらない。
先ほど、しょう油がないとかで、買い物に行ったきりだ。
一番近いスーパーならば、歩いても往復10分。
姉さんが出て行ってから、もう30分が立とうとしていた。
きっとタイコさんと偶然出会って、立ち話でもしてるんだろう。
という事は、最低あと10分は戻らないな。
となると、敵は母さんだけだ。老いたりともいえど、敵は百戦錬磨の主婦。
油断はできない。カツオの額に、汗が一筋流れた。
膝がガクガクと震える。これは恐怖で震えているのではない。武者震いだ。
物音を立てないよう、慎重に背後から近づいていく。
から揚げを奪うチャンスを、虎視眈々と狙う。
とその時、フネが小麦粉のついた手を、水道で洗い始めた。

「…今だ!」

カツオは、一気に距離を縮めた。

「曲者っ!」

フネが菜ばしを投げる。
菜ばしがカツオの手に当たり、衝撃でカツオは床に倒れこんだ。


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